| 戦前派ならいざ知らず、かぜ薬に『うどん屋』と付いているのを不思議に思う人も多いのではないでしょうか。 このかぜ薬、生まれは明治九年の大阪。 かぜの早期治療には、アツアツのうどんを食べ、この薬を飲んで、一晩ぐっすり眠ることが養生の基本であるという考えから、うどん屋で売られていました。 当時の大阪には、至る所にうどん屋さんがあり、まさに庶民のファーストフードでもあったわけです。ですので、風邪を引くとうどんやさんに駆け込んでカゼを治すこの方法が、浪花の文化として、全国に広がりました。 また、『うどんや風一夜薬』が俳句の季語であったということを、以前、落語家で人間国宝の桂米朝さんにお伺い致しました。 アツアツのうどんは、消化がよく体が温まるばかりか、当時は化学調味料等がございませんので、出汁そのものも栄養満点。じっくり暖まって、カゼ薬を飲んで一晩ぐっすり休むと,少々のかぜは治ってしまうと大評判で、やがて、全国に広まったのです 『うどんや』にある『風(かぜ)』が『一夜』で治るお『薬』。 これが薬の名称の由来で、私どもがうどん屋であったわけではなく、あくまでも、薬を置かせていただいているロケーションを示したもので、創業以来130有余年、うどんは一度も作ったことがないというのが、弊社の歴史でもございます。 もうひとつ面白いのは,当時、東京では同じ薬が『そばや風一夜薬』と名前を変えて売られていたことでしょう 大阪では『うどん』 東京では『そば』 思わぬところで、西と東の違いが発見できます |
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この薬、壺井栄の名著『二十四の瞳』にも登場しています 第六章「月夜のかに」の修学旅行の場面 日帰りのこんぴらさんへの旅行の帰りの高松で かぜをひいてしまったらしい大石先生と同僚の田村先生との会話です 「大石先生、青い顔よ。」 田村先生に注意されると、よけいぞくりとした。 「なんだか、つかれましたの。ぞくぞくしてるの」 「あら、こまりましたね。お薬は?」 「さっきから清涼丹をのんでますけど。」 といいさして思わずふっとわらい、 「清涼でないほうがいいのね。あついうどんでも食べると・・・・」 「そうよ。おつきあいするわ。」 −− 略 −− 「大石先生、うどん屋かぜ薬というのがあるでしょ、あれもらったら?」 この後、このうどん屋で、学校をやめた松江と再会するわけですが 小学生の頃を思い出して、もう一度、名作を読んでみられるのも 楽しいでしょうね |
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| またその昔 大阪の商家の奉公に来ている幼い丁稚どんたちは、かぜをひくと、とても喜んだとか そのわけは、かぜをひいたら、おおっぴらにうどんを食べられるから 親元を離れて暮らしていた、当時の丁稚どんたちの生活を 物語っていると思いませんか? 安いうどんでも、かぜでもひかなければ 気兼ねなく食べられなかったのです おかしいようで、ちょっぴり哀しいエピソードです 『二十四の瞳』といい 丁稚どんの話といい 戦前の庶民にとって、うどん屋でかぜ薬というのは 一般的なかぜの治療法となっていたといえます |
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