うどんや風一夜薬の由来
  うどんやでかぜ薬?     
  かぜ薬に『うどん屋』と付いているのを不思議に思う人も多いのではないでしょうか。

このかぜ薬、生まれは明治九年の大阪。
かぜの早期治療には、アツアツのうどんを食べ、この薬を飲んで、一晩ぐっすり眠ることが養生の基本であるという考えから、うどん屋で売られていました。

当時の大阪には、至る所にうどん屋さんがありました。風邪を引くとうどん屋さんに駆け込んで風邪を治すこの方法が、浪花の文化として全国に広がりました。

アツアツのうどんは、消化がよく体が温まることに加えて、美味しいお出汁は「飲む点滴」と呼ばれるほど栄養満点。じっくり暖まって、かぜ薬を飲んで一晩ぐっすり休むと、少々のかぜは治ってしまうと大評判でした。

『うどんや』にある『風(かぜ)』が『一夜』で治るお『薬』
これが薬の名称の由来です。
 











  もうひとつ面白いのは、当時、東京では同じ薬が『そばや風一夜薬』と名前を変えて売られていたことでしょう。

大阪では『うどん』
東京では『そば』
思わぬところで、
西と東の違いが発見できます。
     

小説『二十四の瞳』にも登場 
うどんや風一夜薬は、壷井栄の名著
『二十四の瞳』にも登場しています。

第六章「月夜のかに」の
修学旅行の場面
日帰りのこんぴらさんへの旅行の帰りの高松で、かぜをひいてしまったらしい大石先生と同僚の田村先生との会話です。

「大石先生、青い顔よ。」
田村先生に注意されると、よけいぞくりとした。
「なんだか、つかれましたの。ぞくぞくしてるの」
「あら、こまりましたね。お薬は?」
「さっきから清涼丹をのんでますけど。」
といいさして思わずふっとわらい、
「清涼でないほうがいいのね。あついうどんでも食べると・・・・」
「そうよ。おつきあいするわ。」

−− 略 −−

「大石先生、うどん屋かぜ薬というのがあるでしょ、あれもらったら?」


この後、このうどん屋で、学校をやめた松江と再会するわけですが、小学生の頃を思い出して、もう一度、名作を読んでみられるのも楽しいでしょうね。





文庫本版では
「うどん屋かぜ薬」
となっていますが、


二十四の瞳の生原稿
では、壷井栄先生の自筆で
「うどんや風一夜ぐすり」と
確認できます



  またその昔、大阪の商家の奉公に来ている幼い丁稚(でっち)どんたちは、かぜをひくと、とても喜んだとか。
そのわけは、かぜをひいたら、おおっぴらにうどんを食べられるから。

親元を離れて暮らしていた、当時の丁稚どんたちの生活を物語っていると思いませんか?
安いうどんでも、かぜでもひかなければ気兼ねなく食べられなかったのです。おかしいようで、ちょっぴり哀しいエピソードです。

二十四の瞳と
丁稚どんのお話からわかるように、
戦前の庶民にとって、うどん屋でかぜ薬を飲むという治療法は、
人々の日常の暮らし中に、確かに存在していたのです。
 
中島画伯
大阪の風物絵
 

 
 
 
 

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