うどんや風一夜薬の由来
小説『二十四の瞳』にも登場
| うどんや風一夜薬は、壷井栄の名著 『二十四の瞳』にも登場しています。 第六章「月夜のかに」の 修学旅行の場面 日帰りのこんぴらさんへの旅行の帰りの高松で、かぜをひいてしまったらしい大石先生と同僚の田村先生との会話です。 「大石先生、青い顔よ。」 田村先生に注意されると、よけいぞくりとした。 「なんだか、つかれましたの。ぞくぞくしてるの」 「あら、こまりましたね。お薬は?」 「さっきから清涼丹をのんでますけど。」 といいさして思わずふっとわらい、 「清涼でないほうがいいのね。あついうどんでも食べると・・・・」 「そうよ。おつきあいするわ。」 -- 略 -- 「大石先生、うどん屋かぜ薬というのがあるでしょ、あれもらったら?」 この後、このうどん屋で、学校をやめた松江と再会するわけですが、小学生の頃を思い出して、もう一度、名作を読んでみられるのも楽しいでしょうね。 |
![]() ![]() 文庫本版では「うどん屋かぜ薬」となっていますが、二十四の瞳の生原稿では、壷井栄先生の自筆で「うどんや風一夜ぐすり」と確認できます ![]() |
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| またその昔、大阪の商家の奉公に来ている幼い丁稚(でっち)どんたちは、かぜをひくと、とても喜んだとか。 そのわけは、かぜをひいたら、おおっぴらにうどんを食べられるから。 親元を離れて暮らしていた、当時の丁稚どんたちの生活を物語っていると思いませんか? 安いうどんでも、かぜでもひかなければ気兼ねなく食べられなかったのです。おかしいようで、ちょっぴり哀しいエピソードです。 二十四の瞳と 丁稚どんのお話からわかるように、 戦前の庶民にとって、うどん屋でかぜ薬を飲むという治療法は、 人々の日常の暮らし中に、確かに存在していたのです。 |
![]() 中島画伯 大阪の風物絵 |
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